しばらく動けなくて休んでいた

たくさん休んだ後はたくさんお話を書きたくなる

書けもしないのに……

したいことが本当に戻ってきた時

少し大丈夫になったと思う


かなわない夢のかけらをかき集め朽ち果てるまでキミに話そう


2008.08.24  GIFT
立候補していたオリンピックの選手に選ばれる。
色とりどりのメダルを持って帰りたい。
「ナナちゃん、やったよ。選ばれたよ」
「たくさん持って帰ってきてね」
カラフルな夢をみた。


体が勝手に図書館へ動く。
オリンピックの模様を頭に描きながら、本を読む。
金銀銅がちらついて、活字がうまく入ってこない。
集中できないのを、本のせいにしてみる。
本がわるい。読ませる力がない本が悪いのだ。
隣では、ロボットが本を読んでいる。
ものすごい速さで、ページをめくってゆく。
「速いですね」と言うと、
「全部、頭の中に入っていますから」と言われた。
入っているのに、読むのだから速いのか……
少し納得しながら、読書好きのロボットに親近感を覚える。


壁に寄りかかりながら電車を待っていると、横の男がスクワットを始めた。
影日向なく努力をする男のようだった。
自分をさらすことが、恥ずかしくはないのだろうか……。
頑張っているところを、知らない人にみせることが……。
寄りかかっている自分が、少し恥ずかしくなる。
けれども、まったく気がついていないふりをしている。


GIFTを買う。
お会計のところで、お金をばらまいてしまう。
方々に散らばったお金を拾い集める。
「いいです、いいです。お構いなく」
そう言うのに、構わず店の人は拾ってくれる。
迷惑かけて悪いと思う。情けないと思う。
「落ちた時は、お互い様ですから」
泣きたくなる。時々落ちるのも悪くないと思う。


試合に出れないまま、オリンピックが終わる。
負けてもいいから、試合に出たかった。出れたらよかった。
ナナちゃんにおみやげの Mr.Children をあげる。
「来年のオリンピックは勝てるといいね」
「きっと、勝つよ。今度こそ」



2008.08.22  夏のペタペタ
ペタペタと音がついてくる。
何者かがずっと後ろについてくる。
マリは、ペースをあげてみるが音は変わらずついてくる。
それではと思い切りゆっくり歩いて、わざと追い越してもらうように試みるがやはりダメだ。
音は変わらず、ペタペタとついてくる。
何歩進もうが、どこで曲がろうが、どこまでもどこまでもついてくる、それはもはやマリの足音の一部のようだった。
ささやかな杞憂であったものは、次第にはっきりとした恐怖となってマリの背中に覆い被さっていく。

いったいどこまでついてくるのだろう?
マリは、少し気を紛らわすために少し昔のことを考えてみた。
人類が始めて火を使い始めた頃、それは深まる秋をふわりと温めただろうか?
何もない夜を、驚くほど赤く照らしただろうか?
きっと、それはもっと後になってから。
最初は、もっと小さく頼りなく曖昧で、得体の知れない、それでいて今まであった他の何物とも違う重要で特別な意味と予感を引き連れた瞬き……。
それは今となっては、ほとんど確かめようもない過去の出来事の一つ。

ふと我に返ると、音はしなくなっていた。
ようやく、安心して後ろを振り返った。
誰もいない。
深々と深呼吸をして、また歩き始めた。

ペタペタ…… ペタペタ……  ペタペタ……   ペタペタ……

すると、また音がついてくる。
誰もいない、夜の背後から……。



もうキミは
十分歩いたね

そこから千切れる
ほど歩いたね

だからしばらく
休みなよ

小さな炎を
流れる雲の中で
温めておくんだ

もうキミは
十分歩いたさ

そこから零れる
ほど歩いたさ

だから少しは
休みなよ

確かな軌跡を
白い雲の中で
憶えておくんだ

もう
立ち止まって
いいんだよ

もうキミは
新しい
春がやってくるまで




あまりに恐ろしくなって、マリは走り出した。
けれども、音は音のような速さでついてくる。
逃げても逃げても、疲れを知らない子供のようについてくる。
だから、逃げ切ることなんてできないのだ。

「誰かー!」

悲鳴を風だけが優しく受け止める。
ついに、マリは、その場に崩れ落ちた。
音は、ペタペタとマリを追い越していくと、次の瞬間にはマリの目の前に現れ、止まった。
マリは、口を開けて黒い空を見た。

その横顔は、夏を丸ごと呑み込もうとする洞窟のようだった。

巨大に迫った靴が、マリを踏み潰そうと降下してきた。
靴は、言った。

「春に、おまえが捨てた靴だよ」

「違う、違う、捨ててなんかない!
 忘れただけ。忘れたんだよ」

マリの口が、もごもご、
と抵抗のメッセージを放出する。



2008.08.12  雨と地獄湯
雲息があやしい。
不安が不安を呼んで増幅していくように、白は灰色に呑まれ、灰色は更に濃い灰色に吸収されていく。
恐ろしさとわくわくとが入り混じった夕暮れ。
「嫌な天気ですね」が街の合言葉となる。

  *

地獄ラーメンを食べる。
食べると長生きするが、最後は地獄行きだという。
恐る恐るいただくと案外いける味だった。
半信半疑のまま食べ続ける。
半分食べたところで、天国のおじいちゃんを思い出して箸が止まる。

  *

ドラッグストアのシャッターは半分閉まりつつあった。
「まだ開いてる?」女が駆け寄って尋ねる。
アウトをセーフに、戦争を平和に、死を生に変える力強さ。
女は、上半分が人間、下半分がライオンの姿であった。
流石に強い。

  *

地獄湯に入る。
入り口の所でニューハーフの人が引き裂かれていた。
ずいぶんとひどいことをするものだと思う。
ニューハーフの人は心と体を引き裂かれて、それぞれ別々の扉へ入っていった。
事が済んだ後で、見るに見かねて、従業員の人ですか、と訊くと、
「いいえ、鬼です」と言われて納得する。
蛇口から出てくるのは緑色のお湯であった。
体を洗い流すと、肌がねちゃねちゃとして気持ちが悪い。
湯船に入ろうとすると、真っ赤なお湯が沸々としており腰が引ける。
赤鬼や青鬼が鬼のような表情で入っていて、なおさらに腰が引ける。
あきらめて早々に地獄湯を後にする。

  *

とうとうやっぱり案の定、降り始めた。
降り始めたのは大粒の雨であった。
予感が当たったので、たいそう気持ちが良い。
全身をさらしながら、天国関連の唄を口ずさみながら帰る。
振り返ってみると、地獄湯の向こう側はすっかり青空であった。
今日この頃はおかしな天気が続く。


2008.08.12  可哀想じゃない
一言の悪口よりも二言の同情がなお刺さるのはなぜ


2008.08.09  ホワイトカラー
ヤギがかみばかり食うので、みんな寒くなってしまった。
「どうか、私のかみだけは食べないでください」
女は、泣きながら頭を下げた。
かみが長いため、その表情はどこからも見えなかったが、わんわんと声をあげて泣いていた。

「かみの中には、ツバメの子が住んでいるんです」
けれどもヤギは、春の税務調査員のような顔で顔を振った。
何度も何度も顔を振って、その度にかみの長い女は泣いた。
泣きながら、財布の中から何やら取り出す。
「どうぞ。サマーソニックのチケットです」
ヤギは、有難く受け取ったが、チケットは食べなかった。

8月9日、土曜日。
ヤギは、真っ白い身なりでサマーソニックにやってきた。
黒い人々の中で、一際目立っている。
みんなみんな喰ってやるぞー!
ヤギは、PISTOLS で沸き上がるステージを目指して歩いた。


2008.08.06  墓場のオレンジ
熟したオレンジが墓場に落ちる頃、まだそこに居残っているものがいたのだ。

「自分の家の掃除もしないのに、どうしてこんなことをしているのだろう?」

「おまえ、自分の家なんかないくせに」

「もうすぐガキどもがやってくるぜ」
「まったく何が肝試しだ。
 くだらないところで勇気を試しやがって」

「今夜は、ちょっと脅かしてやるか」

バヤリース隊長が小惑星を発見したように言う。
サンキスト隊員がニヤリと笑う。



だから
泣いてなんか
いませんベイビー

オレンジ軍団が敗れても
オレンジは色んなとこに
いるよねえなっちゃん

だから
泣いてなんか
いられませんベイビー

天気予報に裏切られても
裏切りられた時のこるもの
あるよねえなっちゃん

夕日が落ちるまでに
集合写真は
間に合わなかったけれど

遅れてやってきた
贈り物のなんとなんと
うれしかったから

だから
ちょっと泣いても
いいでしょうベイビー




「きやがったぜ!」

けれども、その時バヤリース隊長は、猫の鳴き声をきいた。

「猫じゃねえかよ!」

墓石の影から、サンキスト隊員は確認のため顔を出した。

「ひゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃー!」

墓場中の幽霊たちが目を覚ますような叫び声をあげる。

その横顔は、宙に浮いた夏みかんが微かに震えているようだった。

猫は、ギラリと目で攻撃した。
全身を黒衣で包んだお婆さんの肩の上から、見下ろすように。

サンキスト隊員は、えんえんと声をあげて泣いていた。


2008.08.03  缶詰日和
缶詰になった。
自分からすすんで、なった。
なったはいいけど、自分が何の缶詰になったかわからないのが少しくやしい。
残された時間がどれくらいあるのかもわからない。
知ったところでどうなるというわけでもないけれど、知ろうとするくらいしか自由がなかった。
なんとなくだが、自分は積み上げられている気がする。上と下に挟まれているような気がする。
缶詰同士でコミュニケーションがとれれば、確かめることもできるのだが、まだその方法がわからない。
いったいどれくらい、月日が流れているのだろうか。
久しぶりにジョギングがしたくなった。けれども、今は缶詰になっているのでがまんしなければならない。
缶詰というのは、色々なことをがまんしなければならず、缶詰になってから自分も少しは我慢強くなった気がする。
その経験を何かに生かす日が来るのか、来ないのか?
刻々と時間だけが流れる……。とか思ってみる。

「誰か、いますか?」
「誰か、起きてますか?」
いま、何時ですか?

「なんだかわからないけど、僕は僕です」
叫んでみるけれど、本当に声が出ているのかどうかわからない。
何の缶詰であるかわからない自分が、自分であること以外ほとんどのことが……。

息苦しくてしかたがないので、そろそろ出てみようかと思う。
自分から飛び出してみようかと思う。
自分で缶を破って飛び出したら、人は驚くだろうか?
でも、そういうのは嫌いではなかった。